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伊集院静『機関車先生』の読書録

《伊集院静(著)(2021)『機関車先生 新装版』講談社》の読書録です。


言葉の話せない青年が親のゆかりの島で教鞭をとることになり、島の人々と絆を築いていく物語。タイトルの「機関車先生」は「口をきかん先生」の意味と教室に飾られた機関車の写真から子供が連想した青年のあだ名。文庫本 250 ページほどの短編。

子供が溌剌としているし、海の香りも感じる。テンポよく、情景描写が丁寧。ドラマチックな展開が少し目立つので戯曲みたいだとも思った。朝ドラを見ている気分に近い。

巻末にある大沢在昌の解説に「大人に向けて描かれた物語であると同時に児童文学の秀作である」とあって納得した。小説の解説は大体他の作家が書いているので、やっぱり言葉にするのがうまいから面白いと思う一方で、自分の中にある感想に影響するから少し敬遠するような気持ちもあってちゃんとは読まないし、今回も初めの方しか読んでいない。自分の感想が解説に寄ってしまったり、解説のほうをこっちに寄せようとしたり。それは自分の意見を持っていないだとか、優柔不断だとかいうのではなくて、せっかく自分の中から生まれたものが純粋でなくなるような、気づかないところで人の意見が刷り込まれているような気持ち悪さを感じるからちょっと嫌、なのだと思う。でも人は他人があって自覚できる生き物だから、比較することも大事だろうと考えると、難しいところ。

最近、小説を読んでいなかったし、最後にいくつか読んだものも SF だったので、こういう表現をする小説もあったかと新鮮な気持ちで読めたのはよかった。

海難で父親を亡くした生徒の修平が、機関車先生も幼いころに父親を亡くしたことを知って、先生の父親の分にと、精霊流しの舟も用意したくだりがある。先生に喜んでもらいたいという気持ちもあるし、同じ境遇にある自分と先生の中にある傷を癒したいという気持ちもある。純粋で本当の優しさを感じる、この小説で一番うまい人間描写だと思った。優しさの表現は難しいけど、短くきれいにまとまった形で描いている。どれだけ科学が進歩しても儀式ってやっぱり大事。

そのシーンを除いて、全体的に印象深さに乏しいとも思う。最後に読んだのが SF だったので余計に薄口に感じるのかも。短編で、劇的で、さらりとした触感。なんとなく登場人物みんながみんな点景みたいに「そこにいたな」というそっけなさがある。心理描写がそもそも少ないし、登場人物のうち誰かへの特別な注目も感じない。

文庫本の帶や裏表紙に書かれている粗筋には、「子供たちとの触れ合い」というような言葉でまとめられているけどそれは少し違う。島の大人たちとも同じくらい関わっているし、むしろ大人のほうが心を動かされているようにも感じる。

機関車先生は「気は優しくて力持ち」を体現したような人で、子供たちから評判もいいし、やさしさ・純朴さ・男気を彼から感じた島の大人たちも徐々に彼を認め惹かれていく、というような展開になっているけど、短期間のうちの少ない機会で、それはちょっと無理があるなぁと思う。島の住民の人が良すぎるのか、機関車先生が天性のカリスマ性を持っているからなのか。少し不気味にさえ感じるけど、それはたぶん考えすぎ。もう少し先生がどんな人なのかわかれば辻褄が合いそうな気もするけど、先生は喋れないし心理描写も少ないので、取りつく島もない感じ。

多分、機関車先生は少なくとも主人公ではなくて、機関車先生に相対して内省する島の人々が主人公であって、機関車先生を中心とした島の人々の群像劇に近い小説、としてみると、自分のなかで納得がいく。


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