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筒井康隆『旅のラゴス』の読書録

《筒井 康隆(著)(2008)『旅のラゴス』ひつじ書房》の読書録です。


タイトルにある通り、ラゴスという男が世界を旅する物語。ラゴスの視点で綴られる放浪記・人情譚といったところでしょうか。

本書は連載をまとめた体裁のため、いくつかのエピソードに分かれている短編集に近いです。詳細は伏せますが、17,8世紀頃の文明に相当する世界です。SFの要素もありますが、どちらかといえばファンタジーです。

小説の終わり、すなわち旅の終わりが近くなると、「終わってほしくない」「もっと旅を続けてほしい」という気持ちが高まり、最後に登場した男の言葉と感情に、共感を覚えることでしょう。いつかまた、読み返したいと思う小説でした。

ラゴスの旅には、数か所の目的地はあるものの、宿命や使命といった類のものではなく、好奇心や知識欲にもとづいた穏やかな旅のようです。

ラゴスは理知的であまり感情的ではありませんが、旅の道中で出会う多くの人が彼に惹かれていきます。ラゴスの視点で人々の感情が細やかに表現されるので、すこし淡白に写るラゴスに比べてそれら登場人物が活き活きと描き出され、読者の記憶に強く印象付けられます。

また、著者の各描写における言葉の取捨選択がとても巧妙なので、情景がありありと浮かびながらも流れるように読み進める事が出来ます。その分、早く読み終わってしまうのが惜しいくらいです。


ここで、小説の最後のエピソードに登場するある男について述べます(ネタバレ含む)。

極寒の森の中の小屋に住む孤独な彼のもとへ、一夜の宿を求めてラゴスが訪れます。二人はそれぞれの過去に旅した各地のことを互いに話し合い、いつか昔に出会ったことがあるのではないかと疑うほどに親近感を覚えます。

翌朝、旅立つラゴスに対してその男はある懇願をし、その後で激励の言葉を伝えます。

それまでラゴスであった読者は、その時その孤独な男となり変わり、ラゴスとの別れ、旅の終わりを悲しみ、そしてラゴスのよい旅を祈願して彼を見送るのです。

この技巧的な終わり方は嫌らしさのない、非常に印象深いものでした。


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