ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』の読書録
《ロバート・A・ハインライン(著)、矢野 徹(訳)(1979)『幼年期の終わり』早川書房》の読書録です。
〝自由意志〟に〝目覚めた〟計算機「マイク」と協力し、「月世界人」である主人公とその仲間たちが地球人からの独立を目指す、という物語です。
なぜ独立する必要があったかというと、簡単に言えば食料問題です。
地球へ輸出されるために、月では穀物が生産されていますが、栽培に必要な月の資源は、このままではそう遠くない未来に枯渇してしまいます。しかも、輸出価格は不当に安く、地球人の流刑地という役割を担っている月の住民たちには、交渉する余地もありません。 主人公のマヌエルは計算機技術者で、マイクのメンテナンス職で得た給料に不満はなく、安定した生活を送る現実主義者でした。しかし、月を支配する地球の行政府に反対する活動家たちと出会い、資源枯渇による月住民の破滅という事実を知ったことで、マイクが計算した「7分の1の確率で勝算がある」という結果を受け、独立運動に参加する決意をします。
ページ数が約700ページと長編で、ややとっつきにくい翻訳文や多くの登場人物がいるため、私としては腰を据えて読み続けないと途中で挫折しそうな小説でした。 「人工知能を仲間につけた月の住民と地球人の戦い」と聞けばドラマティックですが、この小説では、月世界人の生活様式や秩序のあり方、地球人的なイデオロギーへの反駁、月世界人の勝利に必要な綿密な計画の実行などが精細に描かれており、戦闘シーンは多くありません。そのためページ数が多くなっています。
あらゆるテーマを提示しながらも、ストーリーが全く逸脱していないところは、この小説が評価されるべき点の一つだと思います。
ところで、マイクの名前の由来について作中では「ドクター・ワトソンがIBMを創立する前に書いた小説にちなんで、俺はこの計算機にマイクロフト・ホームズという仇名をつけたのだ。」と書かれていますが、実際には違います。IBMの創立者は「トーマス・J・ワトソン」ですし、「マイクロフト・ホームズ」はアーサー・コナン・ドイルの著した「シャーロック・ホームズ」シリーズに登場する、シャーロック・ホームズの兄の名前です。どういった意図があるのか少し気になりますね。